今日という日を素直に生きたい

宇多田ヒカルの『光』Aメロの歌詞、「静かに出口に立って/暗闇に光を撃て」。
改めて良いなと思う。「出口の向こうに光がある」のではなく、「出口の向こうの暗闇に光を撃つ」というのがこの詞の良さだろう。宇多田ヒカルらしい歌詞だ。その辺りはこちらのメッセ(2003.11.26付 「トンネルの向こうの光が見えてきたぁ」)で触れられている。

 

宇多田ヒカルと出口といえば、『忘却』の「明るい場所へ続く道が/明るいとは限らないんだ/出口はどこだ/入口ばっか/深い森を走った」も連想する。これは、ヒカルさんの好きな文学ランキングに常にランクインしている宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のこの一節のことじゃないだろうかと、この前のBillboardに掲載された英語インタビューを読んで思った。

「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
 燈台守がなぐさめていました。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
 青年が祈るようにそう答えました。

インタビューでは、「成功とは?」という下りで銀河鉄道の夜を引用している。これは2021年5月のインスタライブで語った「挫折について」の伏線回収でもある。宇多田ヒカルは「成功」も「挫折」もただの個人がもつ概念で、自分が「挫折だ」と思ってやめてしまえばそれが挫折だし、それまで続けてきたことをのちのち「成功だ」と思えればそれが成功であるに過ぎないと言っている。成功も挫折もただの解釈だから変化していくものだ、とも。やり続けていれば挫折はしないし、そうやってやり続けること、また続けてきた成果を肯定してあげることが自分への愛なのだと。『キレイな人(Find Love)』の「諦めても残るものは/消えない未練とブスな私だから」はまさにこのことだ。

銀河鉄道の夜』を下敷きにした歌である『テイク5』ではこの辺りと関連して「成功も失敗もない/空のように透き通っていたい」と歌われている。そして、「死にたい」という感情から作り始められたこの歌は「始まりも終わりもない/今日という日を素直に生きたい」と締め括られるのだ。この、成功も失敗も、始まりも終わりも、そんなものにはとらわれなくて良い。ただ一日一日を生きていこう、というのは宇多田ヒカルの歌の共通するテーマの一つだ。

冒頭で引用した光の2番サビはこうだ。

「完成させないで/もっと良くして/ワンシーンずつ撮っていけば良いから」

そして「もっと話そうよ/目前の明日のことも」と続いていくわけです。なんて良い歌なんでしょう。

 

↓英語インタビューの該当部分

What does success look like to Hikaru Utada in 2022, and has your definition of success changed over the years?

Success. Wow. I don’t think anyone’s ever really asked me that before.

I think of my favorite quote from this Japanese poet and novelist, Kenji Miyazawa. “’No one knows what true happiness is, least of all me. But no matter how hard it is, if you keep to the path you deem to be true, you can overcome any mountain. With each step in that direction, people come closer to happiness,’ said the lighthouse keeper, comfortingly. ‘I agree,’ said the young man, closing his eyes as if in prayer, ‘but to reach the truest happiness, one must make their way through many sorrows.’” – Night on the Galactic Railroad.

I don’t really believe in the concept of success. I think it’s just an idea that exists in our minds. I also don’t believe in failure, because whatever you do now can change the meaning of something that happened in the past. Something you thought was a failure, you could look back on and realize, “Oh, that got me here now and I feel successful,” or vice versa. I think it just depends on what moment you’re looking back on. It’s an interpretation, and it always changes.  That’s what’s great about doing stuff and continuing to do stuff. The only failure is if I were to give up trying. And so, I suppose a successful year for me would mean a year of continuing to try. Trying, learning, and growing.